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札幌高等裁判所 昭和52年(う)15号 判決 1977年3月31日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人宮西政信提出の控訴趣意書(当審第一回公判で釈明・訂正した部分を含む)に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、当裁判所はこれに対し次のように判断する。

所論は、要するに、本件速度測定の基礎となった測定区間の距離を測定した警察官は、計量法の定める検定証印又は比較検査証印が附されず、しかも時間測定の精度に対比して誤差の大きい非金属製の巻尺を使用して測定した違法があり、右違法な測定に基づき作成された交通事件原票を有罪認定の証拠に供した原裁判所の訴訟手続には法令の違反がある、というに帰する。

所論にかんがみ、記録及び証拠物を精査して検討すると、《証拠省略》を総合すれば、本件速度測定の地点は、原判決が弁護人の主張に対する判断の項に説示するとおり、かねて留萌警察署が速度違反車両に対する速度測定のため、道路縁石沿いに距離一〇〇メートルを隔てるものとして二点A・Bを定め、各点に測定標識を設けて速度測定区間としていた場所であること、測定の方法は、森田電気式IC8型速度測定器により、同所に通過する車両が右二点間を走行するに要した時間(秒数)を計測し、これを換算して速度を認定するという方式であったこと、右測定区間を示すA点・B点の標識が設けられたのは、昭和四八年夏ころであるが、本件速度測定前のこれにもっとも近接した時点で右二点間の距離が再測定されたのは、同五〇年七月二日であり、同日同署の係官が同署備え付けの三〇メートルの巻尺で右距離を測り、一〇〇メートルあることを再確認していたこと、被告人は、原判示日時に普通乗用自動車を運転して同所を通過した際、右速度測定器による警察官の計測の結果、右区間の走行秒数が六・八二秒であり、したがって換算により走行速度は五二・七キロメートル毎時と認定されたこと、以上の事実が認められる。

所論は、右二点間の距離の測定が計量法の定める検定証印又は比較検査証印の附されていない巻尺を使用して行われた違法があるという。計量法六七条一項一号によれば、検定証印又は比較検査証印が附されていない計量器は、取引上又は証明上における法定計量単位による計量に使用してはならないことが明らかである(ただし政令で定める計量器については同条の規定は適用されない((同法六八条二号))。)。そして、記録及び証拠物をつぶさに検討しても、昭和五〇年七月二日の上記距離測定に使用された巻尺に右検定証印又は比較検査証印が附されていたか否か及び巻尺の種類を確認するに足りる適確な資料を見いだすことはできない。さらに、右距離の測定は、同日以前にも行われているはずであるが、その際の測定の用具・方法も不明である。したがって、警察官が行った右距離の測定方法に同法六七条一項一号違反の事実がなかったものと断定することはできない。しかしながら、原裁判所の検証調書によると、原裁判所が本件現場の検証を実施し、その際留萌警察署備付けの検定証印の附された長さ三〇メートルの巻尺を使用して右二点間の距離を測定したところ、右距離は一〇〇・〇五五メートルであったことが認められる。右測定は、検定証印の附された正規の巻尺によるものであり、測定方法の正確さを疑わせる事情は窺われないから、実用上信頼に値する正確性を有するものと認められる。してみると、昭和五〇年七月二日に警察官が巻尺を使用して行った上記測定結果は、原裁判所が検定証印のある巻尺を使用して行った信頼すべき測定結果に対比して、僅か〇・〇五五メートルの誤差があるにとどまり、しかもその誤差は、速度違反の有無・程度の認定上被測定者に有利に作用する種類のものであったことが明らかである。このことは、とりもなおさず、警察官による上記距離測定に使用された巻尺を検定証印のある正規の巻尺に比較した場合の誤差が上記の範囲にとどまることを示すものといいうる。そして、計量法八八条一項三号、計量器検定検査令二一条二号表の一によれば、繊維製の巻尺の検定公差は、表わす量が一メートルをこえるときは、四ミリメートルに、一メートルまでを増すごとに一・五ミリメートルを加えた値とされ、同法一四五条一項三号、同令二三条によれば、巻尺の使用公差は、同令二一条に規定する検定公差の一・五倍に相当する値とされている。したがって、繊維製の巻尺で、長さ一〇〇メートルにつき〇・〇五五メートル(五五ミリメートル)の誤差は、検定公差。使用公差の許容限界値(右各規定に則り算定すると、長さ一〇〇メートルにつき、検定公差は一五二・五ミリメートル、使用公差は二二八・七五ミリメートルになる。)に対比してもはるかに小さい値であるということを妨げない。原判決が説示するとおり、右誤差が速度測定結果に及ぼす影響はまことに微々たるものであり、しかも、それは、速度違反の有無・程度の認定上被測定者に有利に働くことはあっても、不利に働くことはありえない性質のものである。以上の諸事情にかんがみると、警察官の右距離測定に、所論のように計量法六七条一項一号に違反する瑕疵があったとしても、使用された巻尺の誤差が右の程度のものであり、速度違反の有無・程度を被疑者に不利に誤認しひいてその権利を侵害する事態を惹起させる可能性はなかったのであるから、瑕疵の態様は軽微であって、捜査の公正を害する程のものではなく、右距離測定結果を本件速度違反の事実認定の資料に供することを妨げる理由はないものといわなければならない。

所論は、本件速度測定には、車両の走行時間測定の精度に照応して距離測定にも一キロメートルの三六万分の一である約二・八ミリメートルの精度を要するところ、金属製の巻尺に比し誤差の大きい非金属製の巻尺を使用することは、被測定車両のA・B点通過時刻の特定に誤差が発生する可能性と相まって、速度測定の精度を低下させることになり、違法である旨を主張する。しかしながら、計量法及び関係法令の諸規定に照らしても、およそ距離測定に非金属製の巻尺を使用することを違法と解すべき根拠を見いだすことはできない。そして、本件距離測定の目的・条件を考慮しても、右測定に非金属製の巻尺を使用したことを違法・不当と解すべき特段の事由を認めることはできない。所論が前提とする本件距離測定が一キロメートルの三六万分の一の精度を要するとの点は、その科学的な根拠について首肯しえないところである。さらに、速度測定に際し被測定車両がA・B点を通過する瞬間を特定する操作に幾ばくかの誤差が発生する可能性があるとしても(ただし、関係証拠に徴し、本件でその誤差が増大するような特段の事情があったとは認められない。)、そのことから、金属製の巻尺に比較して一般に若干精度が低いと考えられる非金属製の巻尺を使用した距離測定が違法・不当になるとは解されない。

したがって、警察官の前記距離測定結果の記載部分を含む交通事件原票を証拠として取調べ、事実認定の用に供した原裁判所の措置に所論の違法はない(ちなみに本件速度違反の事実認定の基礎となる上記A点・B点間の距離は、右交通事件原票中の右距離記載部分によるまでもなく、原判決が証拠として挙示する原裁判所の検証調書によっても優に認定しうるところである。)。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決をする。

(裁判長裁判官 粕谷俊治 裁判官 高橋正之 近藤崇晴)

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